有縁再見!

ご縁があったらまた会いましょう! 映画、香港、原田真二が大好き♪

MUSIC SOUL

この間、部屋の掃除をしていたら、私の名前が書かれた付箋紙が貼ってあるビデオテープが出てきた。きっと誰かにお願いして、何か録画してもらったものなんだろうな。
チェックしてみると、お~出てきたのは7年前にBS朝日で放送された『MUSIC SOUL』という番組。この真二が出演した回しか見たことないけど、ゲストを呼んで、トークをし、ライブを披露するというもの。司会は赤坂泰彦さん高嶋ちさ子さんです。

2005年5月29日(日)午後10:30~11:25という予約画面の表示が出てきたので、たぶんこれが放送日時でしょうね。
ちょうど7年前ね。
やはり友達に頼んで録画してもらったものだった。当時は我が家ではBS朝日は見られなかったからね。

番組のタイトルが出てくる前に真二の写真とメッセージが出てきた。

音楽の力を信じている。それが自分の天命だと思っている。

かっこいい~

まずは司会者から真二の紹介。赤坂さんが「マルチプレイヤーというのはこの方のことを言うんでしょうね。ただ器用ってだけじゃないと思うんですよね。」
いろんなミュージシャンに多大な影響を与えたとも言ってました。
そして♪てぃーんすぶるーすをBGMにテロップでプロフィールの紹介。バックには今までのアルバムジャケットが映し出されてます。

トークではテーマごとにお話。
トークの間にBGMで真二のいろんな曲が流れてるのがよかった。いわゆる代表的な曲だけでなく、♪LIFEのアコギバージョンや♪Happinessも流れてる。話の途中でポールエルトンの名前が出れば、彼らの曲が流れてました。

『1977年18歳でデビュー』
自分は広島出身なので「音楽で平和を歌うのが当たり前だと思っていた」
♪てぃーんずぶるーすにはもっとメッセージ色の強い歌詞の原曲があったとか、それを松本隆さんが別の言葉に置き換えてうまく表現してくれた、とか、当時は周りはみなアイドル的な方向へ持って行こうとしていて、ギャップに苦しんだ話など。
テーブルに座って話をしてるんだけど、手前には全CDが飾ってあります。

そしてアコースティックギターで♪キャンディを披露。
今よりもギターの伴奏がシンプルな感じ。それにギターの音が違う!ギターが違うから当たり前か。

『デビュー当時のTV界との温度差』
バンドを引き連れて出演するのに、自分たちが聞くモニターも用意されてなく、よくテレビ局とは衝突してたし、トラブルにもなったとのこと。
当時はタレントや一歌手が文句や意見を言うなんてことはありえなかった時代で、何か言うと「なんだこいつ生意気だ!」ってよく言われたとのこと。私もそのあたりのことは覚えている。とにかくなぜか真二だけ生意気だと週刊誌によく書かれていた。ほかのアーティストだって同じようことしてたと思うのになあ。

『ロック御三家とTV界』
赤坂さんが、「当時テレビを見てて、ロック御三家と言われていた世良さんやチャーにしても、実は腹の中では違うことを思っていて、きっと怒っていたんじゃないかと思っていた。それは作品を聞いてそう思っていた。」と言うと、
高嶋さんは「あちらの二人(世良さんとチャー)は怒ってるだろうなって想像できるけど、素人からしたら、真二さんはほら、すごく可愛かったじゃないですか。だからそういう怒ってるイメージはまったく感じられなかった。」ってルックスのことを言われて、思わず苦笑い。
そして赤坂さんに「もしかして、テレビ局から家に帰ると、グラスを投げ付ける原田真二もいたんじゃないですか?」と言われ、
「そうですね。グラスは投げる真似だけはしましたけど。あはは。まあ、ストレスは相当溜まってましたね。事務所と話し合いもしましたけどね。何度もディスカッションはしましたよ。でもまあ、なるべくしてというか、必要だから通ってきた道だと今は思いますけどね。」

『音楽性の変化・変遷』
「やはりアイドル的な見られ方をされるのがイヤで、自分ではミュージシャンという感覚でした。ロック御三家とかも言われたけど、そんな中でも自分はミュージシャンだってアピールしたかった。そのあと、レコーディングしていく中で作風も変わってきたし、自分の中で試したいと思ったことは何でもやりましたね。プログレッシブな方向にも行ったし、ポップな感覚とは違ってきて、かなりロック色も強くなりましたよね。エンターテイメント性も取り入れ、やっと自分の形が確立されてきたって感じですね。ミュージシャンとしての動きが始まった感じです。」

「そんな原田真二を作ったアーティストは?よく聞いていたアーティストは?」と聞かれ、
「エルトン・ジョンはよく聞きました。あ、その前にプレスリーですね。でももっと遡ると、ザ・モンキーズですね。テレビショーを小学生の時によく見てました。プレスリーは宇宙中継(当時はこう呼んでいた)でハワイ公演を見たんですよ。コンサートってこんなに興奮するんだ!すごいなあって思ったです。それまでは宇宙飛行士になりたいって思っていた理工系だったんだけど、これでもう音楽しかないって思いました。」

「中学の頃フォークブームでギターを弾き始めたんです。実際に何を弾こうとかってことになると、プレスリーのあとに影響を受けたエルトン・ジョン、スティービー・ワンダー、それにポール・マッカートニー&ウィングスとか、そのへんなんですよね。ギターもキーボードというかピアノも同時に入ってきたんですよね。最初にギターを始めたけど、ピアノをやったら、そっちの方が面白くなっちゃって。ちょうど知り合った人たちがジャズの人たちが多くて、ジャズピアノをやっちゃったんですよ、いきなり。まずは(左手で)コードを覚えちゃって、こっち(右手)は自由に弾けるっていうんで、え~これって面白いじゃん!ってことになったんですよ。」

ポール・マッカートニー&ウィングス♪My Loveをピアノの弾き語りで披露。

最新アルバムの『OUR SONG』でカバーをしてるこの曲を偶然とはいえ、ちょうど聞くことになるなんて。
アルバムでカバーしてるバージョンとはちょっと違うかな。オリジナルアレンジで弾いてるみたいだったけど、間奏は真二のアレンジかも。その時に上からピアノを弾く様子を映してるのがいい感じだった。

あ~私はなんというドジを!
今回映像をチェックしてる時に、巻き戻すのに間違って録画ボタンに触れてしまい、5秒ぐらい真っ白い画面が歌の途中で入ってしまった。う~~~~いい曲なのに。
すぐにビデオのツメを折りました。今度からはビデオをチェックする時は必ずツメを先に折るわ!

『デビュー前の音楽』
「原田さんの中にいろんな音楽の栄養が入りながら、ご自身はどんなカラーの音楽を作っていたんですか?」
「はっきりって、その当時僕もよくわかんなかったです。自分は何だろう?って模索していた時期があったと思うんですよね。だけど歌いたいものははっきりしてて、人の心に優しさを届けられるもの、人が聞いて平和になるものって、そういう風に音楽を捉えてたんですよ。必ずそういうものはあったんだけど、自分の中で原田真二っていえるものはメロディーだったのかなって思いますね。それと僕のこの声ですよね。声のカラーってありますよね。ビートルズだってあの声だったから成り立っていたんだと思いますよ。メロディと声って一緒に存在するもんだと思うんですよね。」
私も真二のあの声は唯一無二のものだと思うし、あのメロディも真二にしか書けないものだと思ってる。

『プロデュースするというコト』
「原田さんはたくさんの方に楽曲提供してますよね。プロデュースもやってますよね」
「僕の中でプロデュースをするというのは、プロデューサー原田真二がいて、全部そのカラーで作り上げればいいって方向には行きたくないんですよ。最近わりとそういう感じが多くないですか?誰誰のプロデュースだからっていうのが先行してますよね。海外にももちろんプロデューサーが存在してて、例えばエルトン・ジョンにもプロデューサーがいますけど、エルトンのすごい個性的なカラーがあって、それをよりグレードアップさせるというのがプロデューサーの役目ですよね。今それが日本ではちょっと違う感覚になりつつありますよね。楽曲提供だけってこともたくさんあったんですけど、全体的なプロデュースまでするってことになった時に、その方の何がすごいかってことを見極めてやらないといけないですよね。やはりみんな歌がすごいんですよ。声なんですよ。だからそれを一番輝かせるにはどうしたらいいかって気を使いながらやってましたね」

『作曲スタイル』
スタジオにはアコースティックギター3本(ヤイリが2本とオベーション)とエレキ1本(パーカーの黒)が飾ってある。
「ここにギターとピアノが置いてありますけど、作曲は鍵盤ですか?それともギターですか?」
「だいたい鍵盤が多いですね。ギターで作曲すると全然違ったものになるんですよ」
「初期の頃の楽曲を作ってたのはギターですか?」
「そうですね。♪てぃーんずぶるーすもギターですね」
「この中で普段よく使うのはどれですか?」
「アコースティックだと.....。あの赤いやつはオベーションなんですけど、世界中のミュージシャンが愛用してますよね。」
そのあとギターの型番まで紹介された。オベーションはエリートって種類らしいです。

『ギターのこだわり』
「このエレキは?」
「これですか?今までいろんなギターを使ってたんですけど、エレキってすごい重いんですよね。肩が.....(笑)例えばレスポールなんてものすごく重いんですよ。でもこれはめちゃめちゃ軽いんですよ。こんな風にも持てちゃうんですよ」と片手でボディの先をつかむような感じでタテにして持って見せていた。MCの二人も持ってみてびっくり。ラジカセぐらいとか、仕事帰りに本を数冊買った程度とか言ってました。
「約2kg」とテロップが出ました。確かに軽い。

「もうライブではこれっばかりですね。確かこれは全部1個のカーボンでできてるんじゃなかったかな。」
「エレキで好きなコードは?」と聞かれて、その場でつまびいてました。
「結構ブルースっぽいのが好きなんですよね」とブルースギターを弾いてました。

ここで高嶋さんが以前に真二のライブ(青山円形ね)にゲスト出演した時のことを話し始めた。
「6~7年前に真二さんのライブに出させて頂いたことがあるんですよ。まだ日本に帰ったばかりの頃で。私の中のイメージでは真二さんはバリバリのアイドルだったんですね。でもライブに出演することになって、全然イメージが違うんですよ。すごく男らしくて、それでいてどの曲もメロディがきれい。旋律が美しいんですよね。だからバイオリンを呼んでくれた意味がよくわかりました。」と褒めまくり。その間もまだギターをつまびきながら、真二は「ありがとうございます」と言って照れ笑い。
赤坂さんが「原田さんって優しい頑固者ですよね」というと、真二は「あははは~」
すると今度は高嶋さんが「そしてとても熱く語るんですよね」というと、
「そうですね。熱いですね」と認めてました。

次にアコースティックギターの話。
「アコースティックでよく使うのは?」
「このヤイリですね。今すごく気に入ってるんですよ」
「どこが気に入ってますか?」
「まずは小柄なボディとこのまわりのかわいいところと、何と言ってもこのバイオリンみたいなヘッドですね。バランスの取れた音なんですよ。」
ギターのふちに色とりどりのタイルみたいのが張ってあって、それがすごくかわいいのよね。

その場で弾いて聞かせてくれたけど、これは♪Make it a Paradiseのイントロかな。
「コンパクトでいいでしょ。やっぱりこの独特なヘッドがかわいいですよね。最近アコースティックのライブではよく使ってますよね」
これはあくまでも2005年当時の話。最近はこのかわいいヤイリはほとんど弾いてないよね。最近は"アーティストファイ部"の部長代理のやいりさんを弾いてることが多いよね。

「♪てぃーんずぶるーすをギターで作った時の最初ってどんな感じだったんですか?」と言われて、「こんな感じですね」って弾き始めたけど、「あれ、チューニングが狂ってる」とその場でチューニング。
実際に弾いたものは、ライブでアコースティックギターでやるのとほぼ同じ。若干テンポが遅かったのと、もっとカッティングが効いてる感じ。

赤坂さんから「(オリジナルの)名残はありますよね。シングルになったものとそれほど形が変わってないというか.....。」と言われ、
「まあ、そうなんですけど、最初からアコースティックギターでやるつもりだったけど、いつの間にかピアノになっちゃって。あの当時周りはすごいミュージシャンばかりで、あのへんのアレンジはニューミュージックの最先端のアレンジって感じだったんですよ。僕としてはもっとロックな感じにしたかったし、あの頃ロックミュージシャンははアコースティックとかやってたんですよ。ちょっと渋い感じで、イーグルスみたいな。そういう方向で考えてたんですけど、でもやたらセンスのいいアレンジで、え~なんというんでしょうねえ。"かっこいいっ!"みたいな.....。(苦笑)」
たぶん真二としてはおシャレなアレンジではなく、もっと渋いブルースロックみたいな感じにしたかったんでしょうね。
最近のアコースティックライブでやってる形が原曲に近く、「20数年かかってやっと理想通りにできたって感じですね」と言われてました。

そのあとその理想の♪てぃーんずぶるーすをヤイリの可愛いギターで披露。原曲アレンジに近い感じかな。

『ピアノでの好きなコード進行』
今度はピアノで好きなコードを弾いてと言われて、
「ジャズっぽいのがいいですよね。ビッグバンドにもいたし、ジャズの少人数のコンボとかをやってたこともああるし。こんな感じのもやってましたね」としゃべりながら、ジャズっぽいフレーズを弾いてました。
「それにやっぱりロックというのも根底にはありますね」

『アメリカ生活』
80年代にアメリカのロスにいたこと
「アメリカに行ってすごく日本のことが見えましたね。アメリカの影響も受けたけど、アメリカで普通に生活をしてて、あ~日本人ってこんないいところがあったんだって思いましたね」と言うと、やはり海外生活の経験がある高嶋さんが「それ、すごくよくわかります!愛国心が芽生えちゃったりしますよね」
私も一応海外生活したことがあるので、私もすごくよくわかります!(笑)
「文化的にしっとりしてる感覚をいいなって思って、あ~僕も日本人なんだなって思ったりしますよね。(アメリカの)ドライに割り切るところばかり見えちゃって。日本って契約なくても成り立つところがあって、人の心の中で繋がってるのが日本にはあるんだなって思いました。」

「そこから自分のスタイルができてくるんですよ。帰国してから和楽器を入れた曲をいろいろ書きましたね。♪愛してかんからりんという面白いタイトルの曲があるんですけど、琴で始まる曲ですけど、そういうオリエンタルなエッセンスを入れたりしましたね

『「鎮守の杜コンサート」の意味合い』
"鎮守の杜コンサート"の映像がちらっと流れ
「コンサートに来て頂いたみなさんに森を見てもらうこともできるし、まあ、環境問題なんですが、大元は"心の環境整備"なんですよ。ゴミの問題も森の問題も、自分だけが良ければいいって感覚でいるとダメじゃないですか。だからいかに人の心の中に優しさを芽生えさせるかってことなんですよ。」
「そういう神社でやるコンサートの中では♪シャドーボクサーとか♪てぃーんずぶるーすとかがラインナップに入ってくると思うんですけど、そのあたりの曲って当時はそんなことを意識して作ってるわけじゃないですよね。違和感みたいなものは、ちゃんとキャリアのある原田さんは感じないとは思いますけど」
「そうですね。(違和感は)ないですね。まず、自分が演奏する中で、その曲をどれだけ消化してきたかってことが大きいと思うんですよ」
「場所が場所ですが、音などのご苦労はあるんじゃないですか?」
「神社の本殿を舞台に使わせてもらって、これ以上のセットはないってぐらいすごいんですよね。そこでムービングライトを使ったり、奥からレーザーが出たり、ものすごい絵なんですよ。」
高嶋さんが「え?そんなことやっちゃっていいんですか?」と驚くと、
「全然OKなんですよ。すごく協力的なんです。あの伊勢神宮までも協力いただきました。ちょっと不思議な世界なんですが、日本人の文化の発展には欠かせない場所ですよね。そこに和があるんですよ。だから和を体験してもらえる瞬間になると思います。神社でやるのはふと思い付いたことだったんですが、やってよかったです。」

『Music Soulからオリジナル楽曲をオーダー』
番組から即興で曲を作ってくださいとリクエスト。
「番組を見てる人は原田さんは即興なんて一番得意じゃないのって思ってると思いますよ」
「あ、即興があるんでしたよね」
4つのテーマが出されて、「原田さんなら4つとも簡単にやってくれそう」なんて言われてました。

《PEACE SIGN》
《森羅万象》
《初恋》
《リバプール》

「え?リバプール?リバプールっていうとビートルズってことですか?」
「そうですね。ビートルズの香りがするものでもいいし」
「即興なんですよね?歌うにしても何かフレーズ、歌詞っぽいものがあった方がいいですよね?」
「なんでもいです。お任せしますよ。今日の原田真二で作って下さい。明日にはまた違うでしょうから」
「はい、わかりました。ただ、ちょっと時間を頂いていいですか?」

紙が渡され、時間を与えられて、テーブルに一人残されて、ソングライト開始。
考えながら、歌詞をぽつぽつと書き、ある程度出来上がったところで、「このぐらいでいいかな」とピアノへ。
紙には歌詞しか書いてなかったので、たぶん頭の中にメロディは入ってるのかなって思った。

「え?もうできちゃったんですか?早い!」と司会者二人ともびっくり
「テーマはどれですか?」
「頂いたテーマは全部ピックアップして、思い浮かんだ言葉を繋ぎ合わせて作りました」

ポロンポロンとピアノを弾きながら、鼻歌でメロディを固めていき、実際の歌へ。
本当にすぐに作って歌ってました。
すごい!やっぱり真二は天才だ!

「最後の方は♪Let It Beみたいな感じでしたね。」
「そこでちょっと"リバプール"を表現してみました(笑)」
「原田さんはメロディが浮かんだら、パッと作っちゃうタイプですか?」
「そうですね。何かメロディが浮かんだら、最近は携帯に入れてますね」
「ご自宅には録音できる簡単な機械があるんですか?」
「ええ、ありますよ。」
簡単な機械どころか自宅にレコーディングができるスタジオがあるよ~
確か《Miracle Love》《KINDNESS》あたりのアルバムは自宅スタジオで製作したんじゃなかったかな。

「原田さんは夜作業をするタイプですか?」
「あはは~僕はまったく夜ですね~
そして「曲を作るのはたぶん早い方だと思うんですよ。ただ、メロディが先に浮かんじゃうと、詞をちゃんとはめ込みたいって思うんです。美しい言葉ってあるじゃないですか。シンプルな中にも美しいっていうのが。でも最近(世の中の歌)はあまり詩的じゃないものが多いですよね。いいものもあるんですけど、日本語の言葉の響きのきれいさをもっと大事にしたいという気持ちが最近すごくあるんです。」

ここでピアノの弾き語りで♪Goodbye Tears
テレビ初公開!この番組を見た当時、なんでこの曲をテレビで歌ってるんだろうって驚いた記憶があるのよね。これってあくまでもgenerationの曲として、generationのライブでしか歌ったことなかったから。それまで真二の単独ライブでは歌ったことなかったのよね。
しかも結局CD化されるまでに7年ぐらいかかってる。
この頃はサビの♪Balala Goodbye tears~の部分をすごく優しく歌ってるね。今はとても力強く歌ってるのに。

『原田真二が目指す音楽家像』
「やはり僕は音楽はみんなが楽しんでもらわないと意味ないと思うんです。もちろんこういうお話しをさせて頂くこともありますが、鎮守の杜コンサートにしても、場所はなんら難しいことじゃないんです。単なるお祭りなんですよ。楽しみや喜びの中に何かが見えてくるというのを頑張るしかない。人の心に届くもの、それが音楽だと思うんです。そういう(音楽の)力を信じているし、それを絶対にやるしかないと思うし、自分の天命だと思ってます。」

最後は司会者のみがコメント。
「原田さんのお話には共鳴することがたくさんあります。平和と愛を歌うにはそう簡単ではなく、やはりキャリアがあって、人間としての信頼感が必要なんですよね。ほとんどの歌、9割ぐらいがLove&Peaceを歌ってますけど、キャリアの中でその方向を向いてないと伝わらないですよね」と赤坂さんが熱く語ってくれました。

もうこの番組はないと思うけど、1時間番組でトークがたっぷりあって、ライブもあって、即興で曲を作ったりとすごく内容の濃い番組だった。またこういう番組に出てくれるといいのにね

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プロフィール

Michiyo

Author:Michiyo
映画と香港が大好き!
ということでメインは映画の感想や香港話になると思いますがよろしく♪
そして原田真二もね。
写真は20数年前、母が作ってくれた「シンジ君人形」(笑)

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