有縁再見!

ご縁があったらまた会いましょう! 映画、香港、原田真二が大好き♪

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なかじましんや 土曜の穴

2016年4月9日(土)11時~13時

真二が登場したのは11時58分
事前に番組ホームページで、番組のタイムスケジュールを確認したら、ゲストコーナーは12時~12時半って書いてあったので、そのつもりでいた。
午前中出かけていたけど、番組のSNSをみたら、「11時台終わりに登場」なんて書いてあるから、慌てて帰宅しました!
なんとか間に合って良かったわ。

「12時の時報のあとゲストコーナーに原田真二さんがいらしてくれてます」と言ったら、
真二「こんにちは!もう喋っていいですか?ずっと息を止めてました!」
中島さん「さすがですね!いや~緊張します。実は初対面じゃないんですよね」

CMと時報のあといよいよゲストコーナーの『しんやの部屋』の開始!
♪てぃーんずぶるーす、♪キャンディ、♪シャドーボクサー、♪サウザンドナイツ、♪タイムトラベル、♪Our Songがメドレーのように流れていた。
♪サウザンドナイツがかかるのは珍しいね。しかも♪タイムトラベルとは順番が逆だよ!!

ここで真二が改めて登場。
中島さん「今日も鳥の巣のようなカーリーヘアでピアノの前に座っておられます!あははは。髪型は違いますけど、お顔のパーツはまんまですよね」

真二「そうですかね?」

中島さん「僕も顔のパーツはそのまんまなんです。髪型は全然違うけど。伊豆田さんのライブにゲストで出られていた時に見に行ってたんですが、原田さんに"お坊さんですか!"って言われまして」

真二「その節は失礼しました。近くに築地本願寺があったもので・・・」

そういえば、坊主頭の人が前の方に座っていて、真二がライブ中にツッコミ入れていたわ!
あの男性が中島さんだったのね。

中島さん「だから、実は初対面ではないんですよね。出会いがお坊さん的ですが、僕はビートルズみたいになりたくて、上京してアートスクールに通ってたんです。原田さんは58年生まれですか?僕は59年1月生まれで、同じ学年ですよね。ちょうど浪人中に原田さんの曲を聴いて、"これはまずい!同じ世代だよ"って思ってました。
アイドルでは花の中3トリオの百恵さんとか淳子さんはいたけど、シンガーソングライターでは、拓郎さんやチューリップなどの先輩がいて、その次の世代を担う人では、"この人が出てきたら、僕の出番はない!天才だ!"とと打ちのめされました。
あの時の僕にこのラジオを聞かせたいですよ!一緒にラジオに出てるなんて」
真二「いやいや、ありがとうございます」

ここでプロフィール紹介。

中島さん「伊豆田さんのライブで支援ライブのことは聞いたんですが、何もできなくても話題にしましょうって原田さんが言うのを聴いて、素晴らしいって思いました。勝手にライバルと思ってましたけど、同世代として頑張らないといけないと思いました。ところで音楽への目覚めはいつ頃ですか?」

真二「最初は理工系だったんですけど、物の設計をしたり宇宙飛行士になりたかったんですよ。
今は全然考えられないですけど、もしかしたら日本の宇宙飛行士になっていたかもしれないですよね。あはは。
それから小学生でザ・モンキーズを見て、テレビショーにはまりました。」

モンキーズのテーマを口ずさむ中島さん

中島さん「そうそう。僕らの世代にはビートルズよりもモンキーズはすごく近い感じでしたよね」

真二「それがまずはポップロック系の入口で、中学でエルビス・プレスリーのハワイの衛星中継を見て、コンサートの盛り上がりに興奮して、"これしかない!"って思いました」

中島さん「小さい頃にピアノとかやってましたか?」

真二「両親が教師で、特に母が小中学校で教えていたこともあって、小学校1年の頃にピアノを教えてもらい、バイエルをやったんですけど、興味が持てずに半年でやめてしまって、今思えばやっておけばよかったって思いますよ。」

中島さん「ピアノは家にあったんですか?」

真二「ええ、アップライトのピアノがありました。」

中島さん「僕はおじさんの家に居候していて、いとこのオルガンがあったので、それでコードとか弾いてました」

真二「僕もそうですね。まずはコードで置き換えて、エルトン・ジョンを見よう見まねでやってました」

中島さん「ピアノというとクラシックのイメージが強くて、おたまじゃくしって感じですけど、とりあえずコードで弾いてましたよね。曲作りはどんな感じで?」

真二「曲作りはコードを覚えて、最初はコードはかき鳴らして、そこにメロディを歌って、ラジカセに録音してました。中2ぐらいから曲作りを始めましたね」

中島さん「僕も中2で曲作りを始めたんです、♪栗穴(くりけつ)の歌っていうのを作りました。「栗穴」というバンドをやっていたので。CBSソニーのオーディションにテープを送ったりしてましたけど、フォーライフはどうでしか?」

真二「当時オーディションとかあまりなかったんですよね。レコード会社の演歌や歌謡曲のものはたまにあったけど、音楽雑誌見てもあまりなくて、ついにアイドル誌を見ました。基本的にそういうのは買わないけど、『月刊明星』を買ってみたら、見つけたんですよ!」

メールの紹介。

『今から40年ぐらい前の拓郎さんのラジオ番組で"広島からすごいやつが出てきたんだよ!"とデモテープをかけてくれて、すごいって思いました。ついに日本のポール・マッカートニーが出てきたと思いました』

真二はとても驚いて「え?どれを流したんだろう」とつぶやいていた。

中島さん「僕が打ちのめされたというのはこういうことだったんですよ。拓郎さんとは同郷だったんですよね?」

真二「たまたま拓郎さんとは同郷でプロデュースもしてくれました。僕の音楽性を感じていただいて、自由にやらせていただき、本当にありがたかったです」

中島さん「デビューして3ヶ月連続でシングルを出したのは、才能を表すのには1曲じゃもったいないって思ったんでしょうね。」

真二「デビューシングルがなかなか決められなくて、いろんなカラーがあるってことで、全部出してしまおうってことになりました。アミューズの会長の大里さんのアイデアだったんですけどね」

中島さん「こういうのはなかなかないし、才能がないとできないことですよね。テレビにも出てたけど、ご本人としてはちょっと違うんですよね」

真二「僕は芸能界のことは知らないし、そっちの世界に出て行く気持ちはなかったんですよ。洋楽みたいにアルバム作って、ツアーしてって思ってました。でもアイドル誌に出て、テレビに出て、歌謡曲の世界にいると、自分の意見を言うのはダメだったんですね。あの頃は新人は何も言っちゃいけない時代だったから、意見を言ったことで当時はかなり叩かれました。」

中島さん「アーティストというのは自分の意見を持つものでしょうけど、アイドルはそうではなかったですからね」

真二「当時はバラエティ番組では音楽コーナーが必ずあったので、そういう番組にたくさん出させてもらいました」

中島さん「当時、男性でピアノの弾き語りはいなかったですよね。ピアノを弾いて歌うのは小坂明子さんぐらいしかいなかったですよね」

ここで真二から曲紹介。
「最近は若いアーティストがカバーしてくれてます」

♪タイムトラベル(『BEST VISION』のバージョン)

中島さん「メールもいただいてるんですが、"もしタイムトラベルできるとしたら、過去と未来どちらに行きたいですか?そして何をしたいですか?"」

真二「ターミネーターみたいなものを考えてしまいました。過去に戻って戦争を止めさせたいですよね」

中島さん「地震とかから逃げるとか、今ならアドバイスできることをやりたいけど、そうすると歴史が変わってしまい、別のことが起こるかもしれないし。」

中島さん「どんな時にメロディが浮かびますか?」

真二「昔から作ろうと思ってギターやピアノの前に座ると出てきますね。」

中島さん「歩いてる時に突如浮かぶとかそういうのはないですか?」

真二「そういうのもありますけど、たまにお風呂の中とかでいいメロディが浮かんだりして、でもそういうのって出たら忘れてるんですよね。あははは」

「最近は、胸に真っ白なキャンバスがあって、ど~んとでてきます。詩とメロディが同時に出てくることもありますね。アレンジなんかもそうですね。以前は他のアーティストに出す時にはあーだこーだといろいろやってたけど、今はこんなのができちゃうんだと思ったりします。油絵を描いてる感じかな。どんどん上から塗っていくうちに出来上がるみたいな」

中島さん「誰かが言ってましたが、メロディは空気に存在してて、そこから降ろしてくるという不思議なものだと。では最近は作曲はヘルシーですか?無理して追い詰められて作る感じではない?」

真二「昔からそんな感じですね」

中島さん「音楽と原田真二は一体化してるんですね!」

褒められすぎて、真二は「どうしましょう。」と困惑。

中島さん「余談ですが、ジョン・レノンのプロデュースの話があったんですよね?」

真二「秋ぐらいに話が出たんですが、その年の12月8日に射殺されてしまい…。僕はツアー中に訃報を聞きました。ニューヨークには何度も行ってるけど、ヨーコさんには会ったことないんですけどね」

中島さん「ヨーコさんは会いに行くと会ってくれるらしいですよ」

真二「じゃあ、ピンポン(玄関のベル)しますか?(笑)」

中島さん「グローバルな活動はいつからですか?」

真二「10年ぐらい前からですね。広島出身で平和を歌ってましたけど、アイドル的なデビューをしてしまって。30年ぐらい経って、広島のイベントがあって、そのライブを聞いた人から"ぜひNYのライブに出てください"って言われて、出演することになりました。アメリカの僕のエージェントが国連に繋がりがあって国連でライブすることになり、思い描いていたことが今実現してる感じです」

中島さん「巡り合わせで、導きがあったんですね。僕は(真二が)純粋な心を持っていて、人をピースと大和の心で思いやっていると思います」

真二「"大和"は大きな和、調和の和です。日本には相手のことを思いやる重要な礼節があります。
この日本の精神性が広げないといけないですね。」

「今Vote for Peaceという活動をしています。世界中にどれだけ平和を願ってる人がいるか、数字で見せたいと思ってます」

ここでライブのお知らせ。
4/23の大岡山ライブと5/1のモーションブルーのライブを紹介していたんだけど、
『五月祭』を「さつきさい」と言っていた。
私は勝手に「ごがつさい」って読んでたんだけど。

最後は真二の曲紹介で♪Heart Aidで終了。
喋りまくった30分でした!

番組ホームページでPodcastでオンデマンドで聞くことができるみたいね。


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プロフィール

Michiyo

Author:Michiyo
映画と香港が大好き!
ということでメインは映画の感想や香港話になると思いますがよろしく♪
そして原田真二もね。
写真は20数年前、母が作ってくれた「シンジ君人形」(笑)

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