有縁再見!
ご縁があったらまた会いましょう! 映画、香港、原田真二が大好き♪
22年ぶり!
アジアのポップレジェンド、Dick Leeのコンサートに行って来た。
一昨日の金曜日に知って、大慌て
すぐに友人2人に声をかけたら、一人は都合が悪く、もう一人は仕事だけど、7時半からの第2部なら行かれるという。
空席を確認して、コンサートの前日に電話予約。

Dickは90年代のアジアミュージックブームの立役者で、一時期は日本に住んで活動もしていたし、ポンキッキの挿入歌だかも歌っていたのよね。
日本でミュージカルを上演したり、日本のミュージカルの音楽を担当したり、日本のアーティストに曲を提供したり、ユーミンとユニットを組んだり、とにかく日本とはとても縁の深い人。
単独公演として22年ぶりの来日公演。見逃すことはできない!次はいつになるかわからないからね。

開場時間に行って、自分の番号が呼ばれるのを待っていた。
前日に予約したばかりなので、当然番号は最後の方。
とにかく見れればそれでいい!
友人は仕事帰りに駆けつけるので、開場時間には間に合わない。
一人でロビーにいたら、後ろから「好耐無見!小姐!」と広東語で話しかける声がして、振り返ったら、香港留学時代の友だちだった。
あまりの驚きに抱きついちゃったよ。
彼女は「全く知らないけど、付き合わせた」という旦那さんと来ていた。
二人があまりにも興奮して大騒ぎしていたから、旦那さんはちょっと引いていたかも(笑)

彼女たちは私よりも早い番号なので、先に入場。
私は後から入って、席を選んでいたら、近くに彼女たちがいることに気づいて、背中合わせになる席にした。
ところが旦那さんが店員に、「どこか3人で座れる席はないですか?」と聞いていた。
「せっかくだから一緒がいいですよね!」と。
でも「友達がいるので4人になっちゃうんですけど」
端だけど、一番前のテーブルが空いていた。
店員は「角度的に見にくい。スピーカーがそばにある」とあまりおすすめしないようなことを言ってたけど、前で見たかったし、みんなで一緒に座りたかったから、最前列にしました。
ここからならピアノを弾くDickの顔がよく見えるね!

スクリーンにDickのライブ映像が流れた。
それを見終わったら、いよいよライブ開始。
Dickはスカーフ柄のような派手なドレスシャツに白いパンツ姿で登場。
相変わらず背が高くスラッとしてかっこいいわ。

まずは♪Mad Chinaman。
今日はDickのピアノの弾き語り。
ピアノもDickの歌声もよく聞こえる。
歌をじっくり聞けていいわ。

「僕風のアジアの歌を聴いてね」と♪Mustapha、♪Wo,Wo,Ni,Ni、♪Rasa Sayangなど。
この辺りの曲を聴けるとは思ってなかったので、嬉しかった。
♪Mustaphaはジャシンタとのデュエット曲だから一人で歌うなんて思ってなかった。

「僕も去年60歳になったんだ。信じられないよ!もうおじさんになっちゃった。髪の色は地毛だよ!みんなも本物?あははは」
Dickは白髪混じり。かなり白髪の方が多いけど、ロマンスグレーって感じでカッコイイ!

「僕の最初のコンサートに来た人?27年前のことだよ。マッドチャイナマンツアーだね」
その時の写真が写し出され、「僕の短パンが見える?ショートパンツだよ!」
友だちがショートパンツで登場して来て驚いたという話を聞いていたけど、本当にそうだったのね。
エイジャメイジャーツアー、オリンタリズムツアーなど、それぞれのツアーのチラシを見ながら説明。
最後にやったツアーが95年のシンガポールツアー。
このツアーから22年ぶりの単独公演。
イベントでは色々参加して来日してるので、4年前、レスリーの没後10年の追悼イベントで、ゲスト出演して歌っていたのを見たのが直近かな。

レスリーに提供した♪追を広東語で歌ってくれた。
この曲はDickが初めて手がけた映画用の曲。
レスリーとの思い出を語った後、歌ってくれた。
うるっとするシーンだった。

今年、Dickは初めて映画監督に挑戦。
自分の若いころ(17歳〜19歳)、初めてアルバムを作るまでを描いた作品。
映画監督をやりたいとは思ったことはなく、話が来ても断っていたけど、4年目に引き受けることにしたそう。
今はとても楽しくて、自分の新たなキャリアになるって。
Dickはマルチタレントで、シンガーソングライター、プロデューサー、演出家、ファッションデザイン、実業家などいろんな顔を持つ。
それに今度は『映画監督』が加わるのね。
シンガポールで8月に公開されるけど、「日本でも見れるといいよね。首相に手紙を書いてね!」
東京国際映画祭で上映してくれるといいなあ。
監督としてDickが来日してくれたらいいよね。
その映画の中の曲を歌ってくれた。

民謡(フォークソング)として作った曲も歌ってくれたけど、
「シンガポールは若い国家なので(建国51年)、民謡というものはない。民謡というのは100年以上経ってなるものだよね。この曲は僕が作曲したけど、民謡っぽい曲調にしてるだけで民謡ではない。でも今後歌い継がれて行って、民謡になってほしい。その時を僕自身が見ることはできないけど」

他には♪スキヤキ
「僕の歌を全部歌いたいよ!」と各アルバムから満遍なく歌ってくれた。

「日本のみんなにだけこっそり教えるね。シンガポールでは言えないことなんだけど。もしシンガポールに来る時にはエアアジアに乗って来てね。今度ターミナル4というのができるんだよ。そこのショッピングエリアで映像が流れてるんだけど、僕が演出した映像で、僕の曲、♪ブンガ・サヤンが使われているんだ。あ、まだターミナル4はできてないよ。今年の終わりぐらい。だから明日シンガポールに行ってもダメだからね!」

Dickの英語はとても分かりやすいので、トークのほとんどが理解できた。
楽しい話ばかりだった。
「最近はあちこち移動してばかり。昨日は大阪で、今日はここ。この後スペインでAudiの仕事があって、オーストラリアにも行くし、ブラジルにも行くんだよ!」って。
必ずしもシンガーとしての仕事ではないんだろうけど、世界中駆け回ってるのね。
日本には91年〜97年まで滞在し、その後3年香港にいたらしい。
一時期ソニーミュージックのアジア地区の副社長をやっていたことがあって、"歌う副社長"ってタワレコのポップに書かれていたこともあったね。

アンコール前には♪Fried Rice Paradise、アンコールで映画の曲、そして♪We can change the worldを歌っていた。
日本との繋がりが深いDick。
最近新しく曲を提供した人がいるという。
なかなかその人の名前をうまく言えなくて、やっと言えたのが杉山清貴だった。
「彼は今日見に来てくれてるよ」
後ろのボックス席にいた!
隣のボックス席にいるのはサンディーと森口博子では?
一旦場内が暗くなり、「僕が一番多く曲を提供したのはサンディー。彼女も来てくれてます!」
場内が明るくなり、サンディーが立ち上がると大歓声。
Dickファンにはおなじみだもんね。
サンディーもハンカチを振り回して、歓声に応えていた。
「森口博子さんもいるね。彼女には曲を提供したことないけど」
「ソーリー!アイアムまだシンガー!」というと、Dickは「Ok! Tomorrow!」

とっても懐かしくて楽しいコンサートだった。
旧友に再会する機会を与えてくれたDickに感謝!!
香港の楽しい思い出も思い出したよ。
彼女とは香港でサンディ・ラムのコンサートを一緒に観に行って、そこにDickがゲストで出てきて、二人だけ大興奮していたのを思い出すよ。
香港人は特にDickの登場に騒いでいなかったからね。
喜んでいたのは私たちだけだったかも。

ライブの後もしばし友人と語らっていた。
まだまだ時間は足りなかったけど、連絡先も確認したことだし、また別の機会に会えたらいいね。
最初は静かにしていた旦那さんも別れ際には「今日は本当に良かったですね!」と我が事のように喜んでくれたわ。
とても思い出深いコンサートとなりました。
見逃さずにギリギリで情報をゲットして、行けて本当に良かった!
その分、真二のラジオは間に合わず、最後の5分しか聞けなかったけど、収録に参加してリアルタイムで楽しんだからよしとしよう!

Dick、楽しいコンサートと旧友との再会に感謝します!!

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6月は家駒月間?!
衣替えのついでにクロゼットからBEYONDのファンクラブの会報を引っ張り出してきた。
一番手前のものを見てみたら、
私が参加したトークイベントのレポートが掲載されていた。
1993年2月27日だったのね。
家駒が亡くなる約4ヶ月前か。

日本で初めて一般のお客さんと触れ合う機会だったそう。
整理券が配布され、すぐに配布終了になってしまったみたいだから、
私も朝から並んだのかしらね

写真を見ると、「電撃トークイベント」と書いてあって、
世榮、阿PAUL、家駒、家強と並んでいた。
私は家駒が大好きだったから、握手の時には緊張で手前にいた世榮と阿PAULのことは覚えていない。
最後の家強に「Thank you」と言われたのは覚えてるけど。
4人と握手し終わった後は、気が抜けたというか脱力してたような記憶が。
もしかして何かプレゼントか手紙を渡していたかもしれないなあ。
香港ではスターなので、なかなか直接会える機会もないような人たちだったからね。

レコード会社主催で7月にはイベントも予定されていたみたい。
アコースティックライブと握手会やゲームをすることになっていたみたいだから、
きっとメンバーも楽しみにしていただろうね。
私も参加したかったよ!

ここのところいろいろCDを聞いてるけど、やっぱり家駒の声がいいなあ。
ちょっとハスキーで哀愁がある声。
BEYONDは一応全員がボーカルを取るんだけど、
メインは家駒。
その次が阿PAUL。
家強と世榮はたまに歌うだけ。
でも家駒が亡くなった後は、弟である家強がメインボーカル。
声はちょっと似てるけど、歌唱力はお兄ちゃんには敵わなかったかな。
だんだんと上手にはなったけどね。

骨太ロックを歌う彼らも、時々はバラードや甘いラブソングも歌ってたよ。
♪喜歡イ尓や♪情人が好きだわ。
♪真的愛イ尓はタイトルからして、バリバリのラブソングだと思ってた。
ラブソングといえばラブソングなんだけど、これはお母さんの愛情を歌った歌なので、
香港では母の日が近づくとあちこちで流れてるみたいね。

そういえば『BEYOND日記』という彼らの映画もあったわ。
アイドル映画みたいだったけどね(笑)
自分たちのテレビの冠番組もあって、ちょうど留学中に放送してたからたまに見てたよ。
必ず歌のコーナーもあったし、楽しい番組だった。
いろいろ思い出すなあ。

6月10日は家駒の誕生日
6月30日は家駒の命日

6月は家駒月間だね。


BEYOND
香港のロックバンド、BEYONDが大好きだけど、2005年に活動休止(事実上の解散)なので、今はもうないと言えるかもしれない。

私は88年夏に初めて香港に行って以来、香港映画、広東ポップス、香港の俳優、アーティストのファンになった。
香港も80年代、90年代は華やかだったのよね。
その中で香港で珍しく成功したロックバンドがBEYOND。
それまでのバンドは洋楽のカバーを歌っていたり、日本のグループサウンズみたいな感じ?
あとは完全にアングラなバンド。
BEYONDはオリジナル曲で、自分たちのメッセージを歌って成功した数少ないロックバンド。
香港で一番成功したロックバンドで、もうレジェンド扱いよね。
結成当初は5人だったけど、私が知った頃には4人になっていた。

黄家駒(ウォン・ガークイ):ギター、ボーカル
黄家強(スティーブ・ウォン):ベース、コーラス(のちにボーカル)
黄貫中(ポール・ウォン):ギター、ボーカル、コーラス
葉世榮(イップ・サイウィン):ドラムス、コーラス

92年にアミューズと契約して、日本進出。
同じ事務所の爆風のコンサートにゲスト出演していたりしたけど、
93年に日本に活動拠点を移して、4人で同じアパートに住んで合宿みたいな生活を送っていた。
一生懸命日本語の勉強したり、曲を書いたりしていた。
私はファンクラブに入っていたんだけど、会報には彼らの手書きの自己紹介みたいなものが掲載されていたり、合宿生活のことが載っていたりしてた。

家強と貫中は英語名があるので、そのまま「スティーブ」と「阿PAUL」
家駒は"駒"を取り、日本での通称名を「コマ」、
世榮は"榮"を取り、「ウィン」にしてた。

私は日本で行ったイベントに一度参加したことがある。
有楽町の西武(今はないけど)で香港キャンペーンみたいのをやってて、その一環として、
BEYONDはトークショーをやってた。
トークの内容は全く覚えていないけど、参加者全員と握手してくれるイベントだったので、私もメンバー全員と握手。
その際、大好きな家駒とどうしても言葉を交わしたくて、
かなり酷かったであろう広東語で、「今日、会えて嬉しいです」と言ったら、
家駒も広東語で「僕もだよ(我都係呀)」と返してくれて、私は大興奮。
他のメンバーとはどんな会話をしたか全く覚えてない。
家強は「Thank you」とか言って握手してくれたかな。

92年に日本でデビューして、2枚のシングルと1枚のアルバムを出したけど、
最初はあまりメディアに出ることはなかったね。
93年に本格的に日本で活動を開始した矢先、
家駒は事故で帰らぬ人となってしまった。

6月24日夜中、視聴率の高いゴールデンタイムのバラエティ番組収録中の事故死。
その翌日には確かNHKだったと思うけど、音楽番組に出演することにもなっていた。
25日に3枚目のシングル♪遥かなる夢に〜Farawayが発売されるから、そのプロモーションだったんだと思う。
亡くなった後に発売された雑誌にインタビューも出てた。
日本での初の単独公演も日清パワーステーションで予定されていて、私はFCの先行予約をしていた。
当然コンサートは中止。
結局、BEYONDは大した成果も上げられず、コンサートをすることもなく、日本撤退。
アミューズ自身も海外進出を取りやめ。
名前こそ出していないけど、大里さんがインタビューで家駒のことを語ってたわ

亡くなったあと、7月25日にミニアルバム『THIS IS LOVE I』が発売された。
パッケージには『追悼』のシールが貼ってあったわ。
本国香港で発売された『樂與怒』をミニアルバム2枚にして発売される予定だったみたい。
当たり前だけど『THIS IS LOVE II』が発売されることはなかった。
日本での最初のアルバム『超越』(BEYONDを直訳したんだろうね)では、全編日本語というわけにはいかなかったけど、『THIS IS LOVE I』は全曲日本語で歌ってた。
初の単独コンサートでは、きっと日本語でたくさん歌ってくれたと思う。

そのあとも契約は残っていたけど、基本的に日本であまり活動することはなく、
3人としてのBEYONDでのシングルとアルバム(日本語は1曲しか入ってない)、そしてベストアルバムを出して、BEYONDは香港に帰って行った。

事故後はCDなんて聞けなかったなあ。
しばらく封印していたよ。
特に♪海闊天空(♪遥かなる夢に)はいい曲だけど、事故や訃報の時に必ず使われていたし、
香港の葬儀でも、日本のお別れ会でも流れていたから、この曲を聴くと思い出すのよね。
バラードでしんみりした曲だから、確かに一番ふさわしいんだけど、
この曲はバンド結成10周年の記念の曲。
「今天我 寒夜裡看雪飄過」という歌い出しなんだけど、
「今僕は寒い夜に雪が舞い散るのを見てる」ので、日本で寒い日を過ごしながら故郷を思ってる歌らしい。

そうそう、BEYONDなんて知らないと思っていても、多くの日本人が彼らの曲の一部を聞いたことがあるはず。
『進め!電波少年』のオープニングで、BEYONDの♪長城のイントロが使われていたから。
とっても印象的なイントロだからきっと覚えているはず。

長城

かっこいいバンドだったなあ。
なんといっても家駒の声がいい!
阿Paulの歌声もいいのよ。
それに4人ともルックス的にもイケてたと思うので、
活動が順調にいっていたら、それなりに日本でも売れてたかも。

もうすぐ23年になるけど、動画サイトでPVを見てたら、動く家駒にちょっと動揺。
特に日本でのミニライブの映像は見てて辛くなった。
香港のライブ映像はまだしも、日本で歌ってる姿を見ると、
日本に来なかったら.....と思ってしまうわ。

私は結局一度もBEYONDのコンサートを見ることはなかった。
家駒がいた時もいなくなってからも。
なんで解散コンサートに行かなかったのかなあ。
解散も悲しいけど、今はメンバーが不仲なのがもっと悲しい。
家駒がいたら、こんなことにはなってなかったんじゃないかと思うわ。


はっぴいえんど
去年だったか、テレビではっぴいえんどの特集番組を見て、すごく面白かったので、はっぴいえんどのアルバムを2枚も衝動買い。
今度、真二が風街レジェンドに出演するってことで、今私の中でははっぴいえんどがマイブーム。
♪風をあつめてがすごくいい。
当然、松本隆さんの作詞。
♪風をつかまえても松本さんの作詞だけど、松本さんは"風"が好きみたいだね。
だから"風街"。
松本隆集のCDのタイトルにも『風街』は使われてて、今回のコンサートのタイトルもそうよね。

はっぴいえんどは私はリアルタイムでは知らない。
活躍していた頃はまだ小さかったし、テレビにも出ないような人たちの歌を知るすべもないよね。
松本隆、細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂の4人組。
もう大瀧さんはいないけど、風街レジェントでは3人が勢ぞろい。
松本さんは久しぶりにドラムをたたくらしい。
楽しみだわ

そして、風街レジェンドでは松本さん作詞の曲のみ歌うわけで、だから真二も出演するんだけど、披露する予定の♪てぃーんずぶるーすは作詞が松本さん、編曲が鈴木茂さん。
レコーディングでは鈴木さんがギター、ドラムに風街バンドの林立夫さん。
風街レジェンドで真二が♪てぃーんずぶるーすを歌う時にはぜひ鈴木さんと林さんに演奏して欲しいわ。
オリジナルの一部が聞けたらいいよね

今日のBSジャパンの番組でも松本さんの話が出てたね。
松本さんのトリビュートアルバムの限定版には朗読CDがついてて、♪キャンディの朗読もあるよ〜
しばらくは松本さんの話題が続きそう。


♪予感
東京タワーでイガラシ(五十嵐浩晃)のライブを見てきた。
楽しかったわ

ここんところ毎日10時ぐらいまで残業してて、疲れが溜まって風邪っぽい。
でも今日は定時に上がって、大急ぎで東京タワーへ

イガラシの美しい歌声とゆる~いトークに癒されたい!

開演3分ぐらいに到着したので、たぶん1曲目から聞けたかと思うわ。

友達が席を取っててくれたから座って見ることができてよかった
1部ではあまり知らない曲が多かったけど、この前沖縄に行った時に作った曲とか今年の正月に作った曲とか、新しい曲をやったせいかな。
「みんなが餅を食ってる時に作ったよ!」
タイトルは♪予感。
私は『旅館』って聞こえてしまった。お正月と温泉がリンクした?(笑)

歌詞を聞いてたら、
♪予感 あかん~
なんて歌うので笑っちゃった。
しっとりしたとても美しいメロディーの曲だったのに。
2番では
♪予感 瞬間~
だったのでよかったけど。

歌の途中で、「どんな“~かん”があるかなと“あ”から考えたんだよね」

『あかん』『いかん』『うかん?』『えかん?』『おかん(オカン、私は悪寒かと思ったわ)』

『かかん(果敢)』『きかん(気管)』『く…』『け…』
そのあと黙ってしまったイガラシ。
『こ~』のあとは考えてね。

「え~と、さ行に行こうかな」

『さかん(盛ん)』『しかん(士官)』『すかん(好かん)』
『たかん(多感)』
『ち』の時にも黙るイガラシ(笑)
そしていきなり歌に戻ってる。

メロディーや歌声の美しさとトークの時のイガラシのギャップが可笑しい

「プレゼントがあります。絵葉書に数少ないヒット曲の歌詞を僕が書きました」
すごい!イガラシ直筆の歌詞カード!
残念ながらじゃんけんに弱い私は絵葉書はもちろん、それ以外のプレゼントもまったくゲットできず

一部の最後には千歳のご当地ソングを歌ってたけど、なんか演歌っぽい(笑)

「2部はみんなが知ってる曲をやるね」とステージを下がった。

2部では衣装替え。
キーボードとパーカッションを伴って登場。いつもの松本さんと西尾さん。

「35周年なんだけど、何かお祝いの曲を弾いてよ」
キーボードの松本さんはよく表彰式で使われる曲を弾いてた。
パーカッションの西尾さんはハッピーそうなリズムをコンガで叩いてました。
二人とはデビューの頃からの付き合いらしいです。

2部はヒット曲が多くメドレーっぽく歌ったりしてショートバージョンになったものもあったけど、

♪ディープパープル
♪プロポーズ
♪君の生き方を貫いて
♪ブリージナイト
♪愛は風まかせ
などなど

それと「僕ははっぴいえんどというバンドのおかげで今こうしている。今日ははっぴいえんどの♪春よ来いを歌います。すごく有名な曲ですよね」とはっぴいえんどの曲も歌った。

最後は♪ペガサスの朝

当然アンコール。
BGMが流れ始めたからもうダメかと思ったら、イガラシがでてきた。

「1部が短ったから、2部をちゃんとやったら、1時間近くやってしまい…ここは時間制限があってね」

2部は20時15分から。時計を見たら21時10分近かった。
でも短い曲をやってくれた。

「サンキュー、よんきゅう、そろばん5級」
「ありがとう、オリゴ糖」
「ありがとさん、アミノ酸」
........


終演後、サイン会があった。
東京タワーは当然外国人観光客も多い。サイン会に並んでいたのは、たまたま来ていた台湾人たち。CD買って、サインもらって嬉しそう

私もサイン会に参加。演歌っぽい千歳のご当地ソングのCDが販売されていたのよ。
東京では買えないと思ったから即買いました。
私へのサインは漢字だったけど、友人へのサインはアルファベットだった。
サイン会が終わるのを待って、写真もお願いしてしまいました。
シャツの裾部分が可愛かったので「シャツの裾、可愛いですね」と言ったら、シャツの裾がよく見えるようにしてくれたけど、バストショットだったので、写真には写らず

友達はパーカッションの西尾さんがお気に入り。写真をお願いすると、
「僕ですか?僕ですか?」と5回ぐらい確認していた。すごく嬉しそうに「どうぞステージに上がっちゃって!」とパチリ

イガラシは東京に出て来るとライブをいくつかやっていく。
17日は平塚、18日は八王子、19日は三軒茶屋と4日連続。残念ながら、今日の東京タワーライブ以外は行けそうもない。
19日は時間的に大丈夫だけど、すでに満席
また次回ね

相変わらずイガラシの歌声は美しかった。特に伸びやかな高音は聞いていて心地いい。
ステキな歌と楽しいトークで癒されたわ





プロフィール

Michiyo

Author:Michiyo
映画と香港が大好き!
ということでメインは映画の感想や香港話になると思いますがよろしく♪
そして原田真二もね。
写真は20数年前、母が作ってくれた「シンジ君人形」(笑)



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