ご縁があったらまた会いましょう! 映画、香港、原田真二が大好き♪
彼は不死身
2017年01月22日 (日) | 編集 |
華仔がCM撮影中に落馬して大怪我。
骨盤にヒビが入ったらしいのよね。
馬が突然暴れ出して、落馬した際、馬に背中をけられたらしい。
香港に緊急帰国して、現在入院中。
手術の必要はないみたいで、一安心だけど、痛みがひどいらしく、
痛み止めは打ってるけど、痛くて目が覚めてしまうほど。

華仔ほどの大スターともなると、香港は大騒ぎ。
担架で運ばれる姿がテレビの娯楽ニュースでも流れたみたい。
セレブたちがお見舞いや励ましのメッセージを出す中、
秋生が「彼は不死身だから大丈夫!」
私もいつも元気な華仔だから大丈夫だと思うけど、
芸能ニュースの噂では、半年から9ヶ月の休養が必要とか。
年末に予定してるコンサートはどうなるのかなあ。

香港では来週28日が旧正月の元旦で、年末気分。
華仔本人は家に帰って家族と正月を迎えたいと願ってるらしいけど、
まだ炎症もあり、腫れてるので、医師からは退院の許可は下りていないみたい。
お正月ぐらいは一時帰宅が許されるといいけど。

早くよくなりますように!
(といっても慌てずにしっかり治して欲しいわ)



レスリー 還暦!
2016年09月13日 (火) | 編集 |
今日9/12はレスリー・チョン(張國榮)の60回目の誕生日。
還暦です!
60歳になってもレスリーはベビーフェイスできっと可愛かったことでしょうね。
生誕60年ってことで、香港でも今日はいろいろ記念イベントが行われてるみたいね。

私も今日は誕生祝いに真っ赤なレスリーTシャツで出勤したら、
広島カープの優勝記念と間違えられました(笑)

せっかくなので誕生祝いをしようとケーキを買って帰りました。
もうすぐ中秋(今年は9/15)なので、月を愛でたいなあと思い、
『月見うさぎ』というケーキに一目惚れ。
月に見立てた黄色くまあるいものはマンゴープリン。
可愛いでしょ?

月見うさぎ



レスリーが大好きだった♪月亮代表我的心でも聴きながら.....



繼續寵愛
2016年07月10日 (日) | 編集 |
今日はレスリー(張國榮)の命日(4/1)でも誕生日(9/12)でもないけど、生誕60周年記念ということで、追悼イベントがありました。

このイベントは香港、日本、上海の3箇所のみで開催されるみたいなのよね。
チケットは9800円と少々お高めだけど、イベント内容は特に告知されてなくて、何があるのかわからない。
単なるフィルムコンサート的なものなのかなあ。
没後10年の時にはDick Leeがゲスト出演して♪追を歌ったりしてたけど、今日はゲストがいるんだろうか。

始まるとレスリーの映像。
懐かしいものやら、コンサート映像やら。
94年のラジオインタビューの音源が流れた。
「レスリーの後継者は誰だと思う?」
「僕の頭には一人浮かぶけど、名前を言ったら、その人にプレッシャーになって気の毒だよね」
そう言いながら、最後には「古巨基。彼ってなかなか歌が上手だよね。おすすめだよ」

すると音楽が流れ、ステージが明るくなった。
まさかと思ったら、古巨基(レオ・クー)本人が登場!
♪由零開始ともう1曲(タイトル忘れたけど、懐かしい曲)を歌った。
まさか香港からゲストが来るとは思ってなかったから、びっくり。
しかも彼はレスリーの声を似せて歌ったのか、ちょっとレスリーが歌ってるみたいでよかったわ。

そのあとは音楽評論家の小倉エージが出てきて、レスリーとの思い出話をし、小倉さんが気に入ってる2曲を紹介。
2013年に行われた「繼續寵愛10年」の時に使われたレスリーゆかりの著名人の映像も多数流れていたわ。
華仔が「レスリーの歌で印象深いのはこの曲」
♪月亮代表我的心の話をしたあと、レスリーがコンサートで♪月亮代表我的心を歌ってる映像が流れた。
これはお母さんとパートナーの唐さんを思って歌っていたそう。

時々レオ・クーが登場してきて、レスリーの曲を歌ってくれた。
♪MONICAでは、サビで、
♪Thanks Thanks Thanks Monica
♪誰能代替イ尓的位(誰が君の代わりになれるのか)
と歌うんだけど、一度だけ

♪Thanks Thanks Thanks 張國榮
♪誰能代替イ尓的位
と歌ってた。
「アップテンポな歌もいいけど、スローな歌もいいよね」と♪為イ尓鍾情。

ジョン・ウー監督がインタビューで「『男たちの挽歌』ではレスリーはいい演技をしたけど、あまり反応がなく、金像奨(香港アカデミー賞)でもノミネートされることなく、無視された感じだった」ともっとレスリーの演技力は評価されるべきだと言ってた。
『男たちの挽歌』の映像が流れ、またレオが登場してきて、「僕と同じようにみんなもレスリーの映画が好きでしょ?」
主題歌の♪當年情を歌ったら、グッときてしまった。
次の♪追ではついに泣けてきてしまったよ
♪追を歌ってる間はスクリーンにはデビュー作の『檸檬可樂』から遺作の『異度空間』までのビジュアルが映し出されていた。
『異度空間』は二度と見る気はないなあ。ラストがレスリーの死とリンクするからね。

レスリーのMVやコンサートに出演したバレリーナの西島さんも登場!
久しぶりに見たわ。
彼もレスリーとの思い出を語ってくれました。
コンサートの映像が流れたんだけど、「実は僕は初めてコンサートの映像を見ました」
こうやって自分が共演した映像が残っていること、今日観れたことを喜んでました。
「今日は踊れないけど、いつかあの時の踊りをみなさんにお見せする機会があるといいです」

♪明星でもうるっと来たね。
レスリーの曲ではなく、カバー曲というか香港ではもはやスタンダードナンバー。
いろんな人が歌ってるけど、レスリーが歌っているバージョンは有名。
これもいい曲なのよね。

Miss You Much Leslie 2008とMiss You Much Leslie 2013でたくさんの明星がそれぞれレスリーの歌を歌う映像も流れた。
歌はないけど、トニー・レオンのメッセージも良かったなあ。

すごく懐かしい映像も流れたよ。見たことないものもあったわ。
私は引退前のファンだから、80年代の曲は懐かしい!
復帰後のファンは80年代のアイドル時代はあまり好きじゃないみたいだけど、私は好きだなあ。
復帰してからのレスリーはとっても妖艶で、私はすぐには受け入れられなかった。
今ではどっちのレスリーも好きよ。

最後にはフローレンス・チャンが登場して、LesFANmily設立の意義や東京でイベントを開催した経緯などを説明。
今回が第1回の開催。第2回があるのかどうかわからないけど、今回成功すれば次があるのかな。

フローレンスさんからゲスト出演してくれた方々やボランティアをしてくれたファンに記念品を渡し、最後の最後にレスリーのパートナーである唐さんを紹介してびっくり
まさか唐さんが来てるなんて想像だにしなかった。
唐さんは表に出たがらない人なので、PA席のところに座ってました。立ち上がり、客席に向かって手を振ってくれた。
もう場内騒然!!
場内が暗くなってからもしばらく場内がざわついてたわ。

スクリーンにはレスリーと唐さんのプライベート写真が映し出され、唐さんのメッセージが流れた。
いや〜唐さんの登場には本当にびっくり。

最後に♪風繼續吹(♪さよならの向こう側のカバー)をコンサートで歌うレスリーの映像で終了。
終演後、みんな唐さんに群がって写真を撮りまくり。
私たちも写真を撮りたかったけど、席が離れていたため、近くに行く前に唐さんは帰ってしまいました。
でも最後までにこやかにファンに手を振ってました

久しぶりにレスリーの歌を聞きたくなったし、映画も見たくなったわ。
レスリーがいなくなってからもう13年も経つのね。
追悼コンサートでアニタユンが「人生は電車みたいなもの。電車に乗っていろんな景色を見てる。いろんな人が乗ってきたり、降りていったり。レスリーは少し早く降りてしまったのね」と言ってたのが印象的。

家駒は31歳で降りて、レスリーは46歳で降りて行ったということね。
二人とも私より年上だったのに、私はすでに彼らの年齢を超えてしまったよ。

イベントの前には飯田橋の茶餐廳で食事をしてたんだけど、店内には香港ポップスが流れてる。
友人2人がいきなり音楽に反応。
レスリーの♪大熱だった。
そろそろ店を出ようとしてたら今度はBeyondの♪海闊天空が......。
あまりにもいいタイミングでレスリーとBeyondの曲が流れてくるなんて。

今日1日香港気分に浸ってました。
そろそろ本当の香港に行きたいなあ



So in Love with Leslie
2013年09月17日 (火) | 編集 |
2003年4月1日にレスリー(レスリー・チョン張國榮)がこの世を去ってから、10年。
没後10年という節目なので、日本で最初で最後の大きな追悼イベントが開催。
香港では毎年命日や誕生日(9/12)にいろいろイベントがあるみたいなんだけど。

レスリーにゆかりのある人たちが出演して、映像など交えながらエピソードを語ったり、パフォーマンスをしてくれる。

まずはアジア研究家の松岡環さんとアジア音楽評論家の関谷元子さん。
松岡さんが映画、関谷さんが音楽について語ってくれた。
裏話的なこともあったけど、俳優としてのキャリアや歌手としてのキャリアはだいたい私もわかってる。
嬉しかったのは、私と同じように松岡さんも『チャイニーズゴーストストーリー』でレスリーのファンになったこと。それに89年の引退コンサートを見ていること。
私も引退コンサートに行ったよ〜
当時はインターネットなんてないし、情報も少なく、チケットの買い方もわからなかったので、とりあえず会場の窓口に行って、翌日の公演のチケットを買って見に行ったのよね。
それが初めて見た香港のコンサートだったわ。

松岡さんが代表的作品として紹介した4作は全て違うタイプのもので、選ぶのが上手だなあと思った。
『男たちの挽歌』『チャイニーズゴーストストーリー』『ブエノスアイレス』『さらばわが愛〜覇王別姫』
私も全部好きだわ。それに『欲望の翼』もいいよね。私は個人的にすごく思い入れがあるのよね。

関谷さんは日本のメディアとしてレスリーにインタビューをした最後の人らしい。
関谷さんが滞在していたホテル(ホリディイン!)にレスリーが「僕が行ってもいいよ」と訪問してのインタビュー。
レスリーが来るってことで、ホテル側はプレジデンシャルスイートを無料で貸してくれて、駐車場や入り口なども人払いしてくれたらしい。さすが!!
インタビューのあと食事がしたいってことでルームサービスを取ったんですが、レスリーは「エビチャーハンを忘れないでね!」と言ったそう。
エビチャーハンがレスリーのお気に入りのメニューなのね。
レスリーが映画監督をやりたかったというのはよく知られた話で、インタビューでも熱く語っていたそうだけど、数週間後、監督作品の話が頓挫してしまい、レスリー側から「映画監督の話は記事にしないで」と連絡があったらしい。

レスリーのデビュー曲、♪Daydreamerをかけたんだけど、これはデヴィッド・キャシディのカバー曲。関谷さんは「絶対にオリジナルのデヴィッド・キャシディよりもレスリーの方がいいです!」と力説し、場内大ウケ。熱く語ってたわ〜

次に登場したのはバレリーナの西島千博さん。レスリーの曲に乗せて、優雅なダンスを披露してくれた。
彼はレスリーのMVに出演してるんだけど、それは彼が元々レスリーのファンでレスリーの日本公演を見に行ったのがきっかけ。
終演後、バックステージで会った際に「いつか共演できたらいいですね」と言ったら、その日のうちに「ちょっと話があるからホテルに来て」と呼び出されたそうです。
かなりレスリーは西島さんが気に入ったんでしょうね。
だってれん仔だもんね。
「今度、MVを撮影するので、それに出てください」と言われて、数週間後には香港で撮影していたそうよ。
あっという間の出来事。
その後も親交があり、代官山でお茶したり、買い物に行って、洋服とか買ってもらったりしていたみたい。
おそらく私物である紫のシャツを「ちょっと着てみて」と言われ、西島さんが着てみせると、「とても似合うよ。君にあげる」と言ってくれたんだって。そのシャツは大事にとってあり、今でもたまに着てるそうよ。ぜひ着てきてほしかったわ。
西島さんは来週始まる舞台のリハーサル中だったけど、今日だけたまたまお休みだったために出演できたんだそうです。出演すべくして出演したってことかも。

次に登場したのは世界的衣装デザイナーのワダエミさんと、アジアファンにはお馴染みの通訳のサミュエル周さん。
レスリーの『白髪魔女伝』で衣装デザインをして以来、中国方面の仕事の通訳やコーディネート、マネジャーを周さんがやってるそう。知らなかったわ。周さんってすごいのね。
『白髪魔女伝』ではロニーユー監督から衣装デザインの依頼が来て、「映画は明の時代なんだけど、ファンタジーな作品なので好きにやって」と言われたそうです。
ワダさんは訳の分からないままその場でデザインし、映画ができあがるまで日本に帰れなかったそう(笑)
「香港で何でも展開が早くて、いつもそんな感じらしいわね」って。わかる!わかる!
レスリーはワダさんのことをお母さんのように慕っていたらしく、よく電話もかかってきてて、亡くなる前日にも電話で話をしたそうです。
やはり映画監督の話が頓挫したことを嘆いていて、レスリーの監督作品の衣装デザインを依頼されていたワダさんは「自主制作とかインディーズとか作品を作る方法はいくらでもあるわよ。作品を作る時にはいつでも私はお手伝いするわよ」と慰めていたらしいけど、まさかその翌日に訃報を聞くことになるとは。
ワダさんはとても親しくしていたらしく、レスリーの自宅にも行ったことあるらしいけど、壁に埋め込まれた金庫の中身も見せてくれたそうで、ドルや日本円なども含む多額の現金が入っていて、「やっぱり中国人って銀行を信用してないのね」って思ったそうです(笑)
この話は場内爆笑だった。
レスリーとしては信用してるワダさんだから見せたというのもあるけど、「これだけお金は持ってる。この資金を映画製作に注ぎ込むんだ」ということを見せたかったんじゃないかってことでした。
ワダさんは今でもレスリーのCDを持ち歩いて、どこに行くのにも聞いてるそうです。
今日のイベントのために北京からの帰国を1日早めてくれたそうです。

ステージにグランドピアノが用意され、最後に登場したのはディック・リー。
今日、私が一番楽しみにしていたのは彼の歌。
赤いレザージャケットに白いパンツ姿。
白髪がかなり目立ってしまったけど、基本的には変わってない。
レスリーと同い年で57歳。

登場したディックは♪Asia Majorを歌い、なんでレスリーと関係ない曲を歌ってるのかなと思った。
このままディックon stageになるのかと思ったよ。
ディックの歌が聞けるのは嬉しかったけど。
司会者が出てきて、ここでトーク。
「レスリーと最初に出会ったのはいつですか?」の質問に答える前に、「まずはみなさんごめんなさい!僕は雨男です!
今日の台風はディックのせい?(笑)

ディックがレスリーに最初に会ったのは、83年にシンガポールのスタジオで2枚目のアルバムをレコーディングしてる時。
レスリーもレコーディング中で、ある日、ディックのスタジオから音楽が聞こえてきて、ドアを開けると、エンジニアチェアに座った人がくるっと振り返り、それがレスリーだった。
第一印象は「ここで何してるの?君は誰?」だったそう(笑)
それぞれ紹介したけど、当時はお互いに誰かわかっていなかった。
翌84年にレスリーが♪モニカで大ヒットを飛ばすと、ディックは「僕、この人知ってるよ!」ってことになったらしい。

最後に会ったのは2001年。休暇でバンコクにいて、ホテルで朝食を食べていたら、レスリーも友人らと一緒に朝食を食べていた。
ディックがレスリーのテーブルに挨拶に行くと、友人らは席をはずしてくれて、二人きりで3時間も話をしていて、朝食からランチになってしまったとか。
仕事で何度も会ってるけど、二人だけでじっくり話したのは初めて。
その当時のレスリーは胃液が逆流する病気で、声帯も炎症を起こしていて、声があまり出ず、ディックは聞き取りにくいと思っていたそう。

その前にレスリーから作曲の依頼があって、それはレスリーの好きな映画をテーマに好きな作曲家にそれぞれ曲を書いてもらうというコンセプトのアルバム。
ディックは『カサブランカ』をインスパイアした曲の依頼を受け、実際に曲を書き下ろしたそうだけど、その後何も音沙汰はなく、そのバンコクのホテルで、声が出なくなったためにアルバム製作もキャンセルになってしまったことを知ったそうです。
その1年前にはディックが提供したサンディ・ラムとデュエットした曲をきちんと歌えていたのに〜
ということでその曲、♪從此以後(From now on)を披露。
ディックは「僕も初めて歌うんだよ」って。
基本は中国語の歌だけど、ディックは英語で歌ってました。

曲のあと、通訳だけ出てきて、ディックが♪追について語ってくれた。
ある日音楽プロデューサーから、レスリー主演の映画で、こんな感じの映画なので、曲を作ってね!と依頼。映画の内容はよくわからなかったけど、「夢を追い求める」をコンセプトに作ってほしいということだった。
ディックは「僕は作曲だけね。歌詞はできない。だってmy Chinese is very ヘタ!」
彼は中国系シンガポール人なので、もちろん中国語は話せるけど、英語ほど得意ではないのかな?基本的に彼は中国語では歌わないからね。
作詞はしなかったけど、その分思いを込めて作曲しました!とのこと。
「でも実際にはレスリーは歌わなかったから(この頃歌手活動から引退していた)、サントラでは僕が歌ったんだ。エヘヘ」
「のちにレスリーも自分でレコーディングしたよ。それと一度だけレスリーとこの曲で共演したことがあるんだ。それは日本の広島。共演はこの時だけ」
あ〜思い出した!そういえば広島でやった音楽祭みたいのに出ていたわ。
テレビ放送されたので、録画したよ。

「え〜と、いつだっけ?1999年?1996年?」
1996年だそうです。そんなに昔だったっけ?
「僕は白いシャツに黒いスーツで渋いけど、レスリーは僕の衣装を見て、"ごめん!僕の衣装はキラキラだよ!"って言うので、僕は"いいんだよ。君はスターだからキラキラでいいんだよ"って言ったんだ。」
映像が流れたけど、確かにディックはタキシードっぽい衣装なのに、レスリーはゴールドと黒のキラキラ衣装(笑)

最後にディックは天を仰いで「今日はこの曲をレスリーに捧げます。この曲を作る機会を与えてくれたレスリーに感謝します」と言って、♪追を中国語で歌ってくれた。
本当にいい曲だよね。

司会者が出てきて、「このあとレスリーのコンサート映像を流します。最後にみなさんで一緒に歌って下さい。♪月亮代表我的心です。歌詞にフリガナもつけておきました(笑)」
ちょうど中秋の季節だから(今年の十五夜は9月19日(旧暦8月15日))いい感じ。
でもこの曲聞いたら、泣いちゃうファンが出ちゃうね。
実際にうるうるしてる人はいたみたい。

改めてレスリーというのは希有な存在で、あんな人は二度と出て来ないよね。
通訳の周さんがレスリーの魅力を聞かれ、「レスリーはレスリーなんです。レスリーしかいないんです」と言っていたのが、まさに!って感じ。

司会をやっていた人はレスリーのことを知らなかったと思うけど、すごく勉強してきていたみたい。松岡さんが紹介した映画も見てるだろうし、CD聞いたり、MVも見たんじゃないかと思うわ。
とてもいい司会だったと思うよ。

ディック・リーのピアノと歌声は相変わらずすばらしい!
また彼のコンサートを見たいけど、もう日本ではやってくれないのかな。
今は音楽活動自体が休止状態らしいからシンガポールに行っても見れないんだろうなあ。
90年代にはよくコンサートを見に行ったし、ミュージカルも見に行ったよ。

今日は久しぶりにレスリーを聞いてみた。
香港のCDを聞くのも久しぶり。
12日はレスリーの誕生日だし、ちょっとレスリーを偲んで、懐かしいCDを引っぱり出して来ようかな。



アジアの歌姫
2012年04月08日 (日) | 編集 |
昨日、テレサ・テンの特集番組があって、録画しておいたものを見てみた。
いい番組だった。それにしてもなんで今?命日でも「生誕~周年」でもないのに。
亡くなってからもう17年も経つなんて、早いねえ。

彼女がリアルタイムで日本で活躍していた頃は私は真二と洋楽に夢中だったし、もともと私は歌謡曲にもさほど興味はなかったから、テレサも可愛くて歌の上手な人って程度の認識だった。
でものちに香港にはまって、香港ポップスや中華歌謡を聞くうちに、中国の歌の魅力や中国人の歌のうまさ、それにテレサのすごさを認識したのよ。
彼女は日本で考える以上に大スターだった。
それで香港で3枚組のCDを買って聞いたりしてたんだけど、いいねえ~
その頃は逆にもうあまり日本では活動してなかったけど、今思えば一度ぐらい日本でも香港でもいいから、彼女の歌を生で聞いておくべきだったなあって。

番組ではかなり貴重な映像が出てきた。
70年代の香港でのステージ映像。最初はリーシアター(利舞臺)。当時はここがスター憧れの劇場だったのね。
リー・シアターは由緒ある劇場だったけど、90年代に閉鎖されて、そのあと隣にショッピングセンターができて、リー・シアターは映画館になったけど、つい最近それも閉鎖。あの石造りのステキな建物はどうなるんだろう。

次はクイーンエリザベススタジアム(伊利沙伯體育館)で、キャパ4000。ここは名前の通り、本来は体育館。
当時は大きい会場はここぐらいだったのかな。
デビュー15周年でやったのはもちろん香港コロシアム。先日私もステージに立ったところね(笑)
ここで6日間もやったのは当時の記録だったみたい。
そのあと30数回やったレスリーアラン・タムもいるけど。

今回初めて知ったけど、テレサって香港ですごく活躍していたのね。香港でのステージでは流暢な広東語をしゃべっていたし、英語も香港滞在中に習得したらしい。
日本での最後のコンサートでも香港人や台湾人が見に来てて、北京語よりも広東語で話しかけていた。
だから香港映画を見てると、テレサの歌が劇中によく出てくるのね。彼女の歌って香港人に愛されてるんだなあって思った。
そういえばクリスも彼女の曲をカバーしてたわ。
中国人全ての憧れの歌手なのね。